電柱のクロニクルな妄想・森ケ崎と球場
- 東京電柱クロニクル学会
- 2019年1月7日
- 読了時間: 1分
更新日:2019年1月21日

大東京名所12景( 森ヶ崎) 小栗慶太
大田区立郷土博物館所蔵
標準的な電柱番札の見方の続きです。その時のブログです。
「これをこれからクロニクル電柱と呼びましょう!」
やはり「森ケ崎」は大田区大森南の旧地名でした。江戸時代はノリの産地で、明治になり干拓され掘ってみたら鉱泉が出た。ここから湯治・保養地として栄え、震災後は更に海水浴場にそして三業地として東京の一大歓楽街へと発展します。
詳しく知りたい方は尾崎士郎の「昔なつかし森が崎」をお読み下さい。
だが、昭和13年当地上空での飛行機空中衝突事故(死者85名)、戦争と衰退し街は京浜工業地帯の工員宿舎や町工場となって行きます。
凄い駆け足の歴史紹介(苦笑)でしたが、これらの遺跡を探すのもいいですね。
もう一つの番札名「球場」ですが、「何(どこ)のや?」と突っ込みたいですね。
森ケ崎公園のテニスコートかサッカー球技場か。
私は森ケ崎処理場の着工まで野球場があったという語りに託したいです。
現在の町工場の点在する下町風住宅街からは難しい姿ですが色々妄想が湧いて来ませんか!
※おまけ※この絵にもしっかり二本も電柱が描かれています、”馴染の街の新しいを発見”
の正に生き証人である事が分かりますね。以後クロニクル電柱と呼ぶことになりました。
Comments